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2007年6月 6日 (水)

ポンヌフ物語‥

いやいや 驚きです

なにげに辿りついたblog

なにやら見覚えのある方が浮かびました

おぉ こっ これは あの人ではないか? いやいやあの人だ!

んっ ん~~ん 読めば読むほどあの人だぁ (^0^)

きゃ~ おどろき!!

あの人とは‥ 

そうねぇ かれこれ 15年近く前になるかしらん

当時、友人の紹介で「Parisに住んでいる日本人」ってことでお逢いして旅先でお世話になった あの人 なのである (^0^)

あの人は、今では珍しくもなくなったフランスでの料理人修行をされていた

その頃のちびたはというと‥

適齢期はとうに過ぎ 自分の人生や将来にもがいていた時期でもあった

そして 何かを求めるかのように 北へ 南へ 西へ 東へ と有休とお金が続く限りフラフラしていた時でもある

まぁ異文化に惹かれて旅していた頃である

Parisのレ・アールという地区に住んでいた あの人も

日本人の先輩を頼って渡仏した と聞いた

その日本人が9月にParisで再会した「韓国料理店の店主」である

当時のちびたは、美味しいものは好きだったけど、「料理人の世界」とはまったく縁もなく興味もなかった

そんなちびたに彼らの生き方はとても新鮮に映り印象深かった

あの人は、見た目 ”族”あがりの兄ちゃん風で なんだか気難しく どう接していいのか迷った記憶がある

そんな彼が案内してくれるParisは、そこで生活している者の目の高さのParis そして 料理人から見たフランスだった

時差ぼけの眠い目を擦りながら、3時間かかって頂いた夕飯も

初めて飲んだカフェでのパスティスも食後のカルヴァドスも

当時日本にはなかったトロケルヨウニ美味しいクレームブリュレも

全部あの人が教えてくれた

お肉屋さんの軒下にぶら下がっている まだ毛の付いたウサギや鴨を指して 食文化の違いを教えてくれた

ガイドブックに載っていない「美味しいものを提供する良心的なレストラン」へ連れていかれ 料理とはなんぞや 料理人とはなんぞや と熱く語ってくれたのも あの人である‥

Parisからベルギーへ独り旅をする前後寄っただけのParisでの滞在

多くの事をちびたに与えてくれた あの人達なのである

大きな扉を暗証番号で開けて入るアパートメントの小さな中庭

急な階段 その滑らかな減りぐあい 昼間でも薄暗い部屋 一日中かかっていたフィギアスケートのテレビ番組

あぁ 今ではセピア色に覚えている‥

観光客のちびたが目の当たりにした生活者のParisだった

あの時から、「料理人」という世界に興味を持った

クリニャンクールの蚤の市を歩きながら

「いつか自分の店を開くため」と少しづつ買い溜めている装飾品やフランスのCDの話をしてくれた

何も目標のなかったあの頃のちびた

自分の生き方の芯を持ったあの人が大きく見えた

今でこそ当たり前になっている自家製菜園や契約農家の野菜を使ったレストラン

そんな手作りの料理人になりたいと語っていたっけ‥

日本に帰ってきたあの人は、たしか金沢の大きなホテルに入った後結婚されてお子様にも恵まれ 

その後 お惣菜店を始めたと年賀状に書かれてきたときには「何で お惣菜店?」と思ったものである

相変わらず独身貴族だったちびたは食べる楽しさに明け暮れ

高級レストランからガード下の焼き鳥屋 庶民的なビストロまで

とにかく「食」に目覚めた時期でもある

そして今のちびたが居る訳だが‥

あの時のParisがなかったら こんなにも「食べること」に興味を持たなかったかもしれない

そんな 影響力のあった あの人 のblogを発見してしまったのである

あ~ 前置きが長いこと‥

「なんでお惣菜店」 ん~ん されどお惣菜 奥が深いのである

彼のblog「デリカテッセン レ・アール」を読むと彼のこだわりがそこかしこに感じられて嬉しくなった

中でも「加賀棒茶のムラング」の記事は良い

1フランはムラングを絞るときの目安に‥

お金では買えない思い出‥が作る料理人の魂だね(^_-)

だけど‥ blogでの あの人は ちびたが覚えている気難しさは全然取れて

なんだかお茶目なオヤジシェフだよ

あの人 こんな楽しい人だったんだ (^0^)

そうそう この関連で面白い記事も見つけた

たしか あの人と韓国料理店の店主からも聞いていたベルリン旅行

その「珍道中」が、これまた偶然に出会った日本人の留学時の思い出として語られているのである

凄いね ネットの時代も あの頃の時代も‥

人は 人として繋がっていくのね 夢や希望をのせて‥

最後に なんでタイトルが「ポンヌフ物語‥」なのか

Img_0427_edited1

レ・アールから歩いて数分 当時泊まっていたホテルからの散歩道

セーヌ川にかかるポンヌフ(ヌフ橋)

この橋の上から 不安定だった頃のちびた

たくさん悩んで考えて 答えも出せずにいた 懐かしい場所Img_0431_edited1_1

帰国後「ポンヌフ物語‥」という小エッセイを書き上げましたっけ

今ではどこにいったやら (#^.^#)

Img_1197 代わりに懐かしい旅日記が出てきました

パソコンが無い時代に書き留めていた

旅の日程と心模様

ふ~ん このころのちびたも一生懸命生きていた

かわいい奴じゃ (#^.^#)

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コメント

ちびたさん

あの人と言うのは、もしやあの人でしょうか(笑)
今日のブログは何ともせつなく、胸がひりひりします。忘れかけていた、忘れてしまいたい?感情・・・自分自身の若き日の思い出を重ね、イタイ感じ。
しかし、”あの人のブログ”よく見つけましたね!驚きです。

「ポンヌフ物語」読みたいなぁ。
映画「ポンヌフの恋人」に背中を押され訪れて、橋の上に立った瞬間の喜びとせつなさ。忘れられません。同じく私も人生の岐路に立っていたのですよね。

キリキリと、感受性のアンテナいっぱい立てていたあの頃・・・そして○十年が経ち、皆さん丸く優しく明るく変わる。年を重ねるのは素敵な事だと、今日も再び思いました。ありがとう。

投稿: Hana | 2007年6月 6日 (水) 20時05分

ちびたです
そうね(^^) 代官山の昼下がり
ワインを飲みながら語った若かりし頃の話
料理を目指していたHanaの時代と重なっていたね
あの人 に逢わなければ今のちびたも違っていたかもしれませんよ(^。^)
でも 人は人を呼ぶのです
必要なときに必要な人に出会い学んでいくのだと
そうして 自分もどなたかの人生にスパイスを与えられたらいいなと‥ (^^)

投稿: ちびた | 2007年6月 6日 (水) 20時26分

ちびたさん、今日は一日、素敵なタイムスリップしたのね?
「ポンヌフ物語」私もよみたいなあ(^^)
でも僅か15年でセピア色?

じゃ、私の30年はモノクロにもなるわけだ(爆)
(関係ないけど、明日は37回目のよくぞ持ちました記念日、^^;)
かって、せっせと日本に送ったエアメールは膨大な量のはず。
義父が御局さんのウィーン通信と題して本にするなんて、言ってたっけ?
涙でにじんだ手紙も有ったはず、切なさの一杯詰まった一通一通は何処に行ったのやら。
見つかれば、ル・ブールジェ空港にたどり着いたいきさつも克明になるのにね(笑)

ちびたさんの旅日記は、きっと又 胸きゅんものでしょうね?そのうちご披露してね。

でも、今思うと私たちは何故帰ってきたのだろう。
帰ってきても仕方がないと言った 義父の言葉の意味を痛感するこのごろです。
今更、叶わぬ事だけど、無性に私たちの出発地点に帰りたくなることが有ります。
苦労ばかりの生活だったのにね。

ちびたさんに触発されて、私もセピア色のどっしり重いアルバムを開いてみたくなりました。(^^)


投稿: お局様 | 2007年6月 6日 (水) 21時04分

ちびたです
そうねぇ わずか15年でセピア色‥(#^.^#)
本当は、古いアルバムのように周りは擦れた縁取りの中
鮮明に浮かび上がるアパートの彩(いろ)
でも、なんとたとえていいかわからなくって
お局様のフレーズを借りたのかもしれない‥

あの頃 今みたいな欲があったらパン職人の道を選んでいたかもしれない
何をしたらいいのか 何がしたいのか もわからないお年頃だった

お局様もHanaも今夜はとっぷりセピア色の過去にひたってね(^。^)

胸きゅん旅日記には 今の私にはできないことばかり‥
あの頃の自分に今の「安定」がなかったように‥

投稿: ちびた | 2007年6月 6日 (水) 23時27分

はじめまして。「ベルリン珍道中」のあつこです。


Kさんや「あの人」との出会い。


私、彼らについてはこんなことも書いてるんですけど

http://yaplog.jp/mezzoatsuko/archive/815


若かった私にはガツンと衝撃的な出会いでした。

そしてこうやって10何年も後にネットでつながるなんて……

>人は 人として繋がっていくのね 夢や希望をのせて‥

素敵な言葉ですね。

投稿: あつこ | 2007年6月 7日 (木) 00時37分

>でも 人は人を呼ぶのです
必要なときに必要な人に出会い学んでいくのだと
そうして 自分もどなたかの人生にスパイスを与えられたらいいなと‥ (^^)

うん、そうそう。私もそう思っています。
必要な時に、必ず現れる人が居る。
それも自分が努力して準備が出来た頃、必ずやって来る。
ちびたさんは私の人生のスパイスになってますよ!
例えると「山椒」でしょうか。小さいけどぴりりと辛い(笑)

>今更、叶わぬ事だけど、無性に私たちの出発地点に帰りたくなることが有ります。

お局様のコメントも、なにやら切ないです。
「あんなに辛かった、若い頃の自分には帰りたくない」と思っている私ですが、”出発点”って素敵ですね。
あの頃の自分を忘れる事は出来ず、大切に思う気持ちの表れでしょうか?確かに恥かしいほど若く稚拙でしたが、あの情熱は素晴らしい。今の自分の大切な礎です。

投稿: Hana | 2007年6月 7日 (木) 02時03分

なんだか素敵な思い出に慕ってる所に場違いなのが顔を出すと言うのも考えた。
でも日本から出て行って外から見た日本ってこんなにちっぽけなものなんだよね。と、娘が行ってた。もう何年も前だけど。だから日本と違う刺激が感性を磨いていくんだね。と、行ってたのを思い出します。そのときのわたしは、日本がいやで出て行くなんて、逃げてるのと同じだといってたのです。
でも、よく可愛い子には旅させろというが、行かせて良かったのかもと、ここを読ませてもらって思いました。

投稿: (=^_^=)エメ | 2007年6月 7日 (木) 07時40分

ちびたです
わぁ あつこ様 こちらへ来ていただいて感激です(^0^)
出掛ける前に覗いてよかった
「ベルリン珍道中」興味深く拝見させていただきました
わずか10何年で変わり行く歴史
その真っ只中に居れたって凄いこと
若者よ 旅に出るのだ! とおばさんは思うのであります(#^.^#)

>そしてこうやって10何年も後にネットでつながるなんて……

ほんとですね
すばらしい。。。

またゆっくりblogみせて頂きます
コメントありがとうございました(^。^)
また 遊びにいらしてくださいね

投稿: ちびた | 2007年6月 7日 (木) 09時29分

ちびたさんが偶然たどり着いてくださったブログのおかげで、あっちへ飛んだりこっちへ飛んだり、忙しい夜でした(笑)すっかり、ノスタルジアに支配され、
もう休もうとしていた布団のうえに、どことなくかびくさいアルバムを広げ、
これはいったい何処だったんだろうと、35年ほど前の記憶を呼び戻すことひとしきり。
でもやはり解らずじまいの写真ばかりでした。
日本に居る親に、とにかく元気でやっていることを知らせるため、ひたすら送った写真たちです。せめて裏にメモでも残しておけば記憶も繋がるでしょうに、悔やまれます。

ちびたさん、人が人を呼ぶ、感慨深い言葉ですね。
正しく、ちびたさんに導かれ、あつこさんの「ベルリン珍道中」拝読して参りました。おかしさと切なさが入り交じる旅を垣間見て、私たちも東独で経験した陰鬱な表情がまざまざとよみがえりました。私たちが、いた頃は、僅か5マルク(当時500¥ほど)の換金義務でしたが、それとて使い切れない額でした。なかなか手に入らない楽譜が破格で買えると言うことだけがメリット。東ベルリンで一番とされるレストランで食べたチキンのフリカッセの美味しくなかったこと!(^^;)
日本人が、テーブルにつくやいなや、争うようにやってきたボーイたち、明らかに外国人が置いていくチップねらいが明白でした。お勘定した跡の催促するような右手の動きが忘れられません。どうせ使い切らなければ行けない小銭を全部あげたものです。
市民がどんな生活を強いられているかが伺えるような光景でした。
1990年には壁が崩壊、赤い海に浮かぶ陸の孤島は1つにつながりました。
でも、1つになったことを必ずしも喜ばしいことと言えるかどうか、首を傾げることが多いと兄は言います。
歴史的瞬間に、私の兄は立ち会い、その後、壁跡に桜を植える事業にかかわりました。
今その桜は見事に根づき素晴らしい並木を連ねているそうです。
>あつこさん、
意気地なしの私にはとても出来ない一人旅。
泣き笑いながら、拝読致しました。確かに、ヤー、より、ウィ。ぐーテン・モルゲンよりボンジュール。ダンケよりメルシー!女性的であこがれますね(笑)
素晴らしいと言ったひには ヴンダーヴァー!ですものね?(ガクッ)
最後の壁を見ていらしたのですね。再びベルリンを訪れる機会がありましたら、変貌ぶりをみてきてくださいね。という前に、私達ももう一度足跡をたどりたく思います。

ちびたさん、個人ブログなのに掲示板化させちゃいましたネ。ごめんなさい(^^;)

投稿: お局様 | 2007年6月 7日 (木) 10時51分

ボンジュール♪

ちびたさん ヨネちゃんの友達って

もしかしてと思いましたがやっぱりそうだったんですか

びっくり!

ブログ読ませていただいてなんか照れくさいです

パリではそんなに熱かったっけ? 文章を読んで

そうそう そんなことあったなーなんて

思い出しました なつかしいかぎりです

>なんでお惣菜屋? 

なんででしょう?

好奇心からなのでしょうか

あまのじゃくな性格だからでしょうか

今 思うのは

お皿に盛りたい!

ビストロみたいなお店がしたい です。

そうそう

私のブログのタイトルでヨネちゃんの記事を書いたものが

ありますよ もう読んだかな~

料理ブログだけど 料理以外の方が面白かったりして

ブログを読んで初めてお店に来てくれたお客様は

ブログと実物のギャップに

ニヤニヤしております はははははは

ちびたさん いつか再会したいものですねー

一杯コメントかきたいのですが今日はこの辺で

チャオ

投稿: あの人 | 2007年6月 7日 (木) 11時52分

ちびたです
あの人さん (^^) いらっしゃいませ
お待ちしておりました (^。^)

ほんと こんな形で再会(かな?)するなんて夢にも思いませんでしたね

ねっ ねっ 上の写真のカフェ いつも行ってたところだよね?
違ったかな?
今年の3月に行ったとき見つけて あ~ ここだぁ って思ったの
ついでにアパートもみつけたよ
ふいに入ってK氏を驚かせてあげようかな?なんて思ったけど 止めておきました ははっ
懐かしいかぎりです

ヨネちゃんの記事 ええっ どこにのってるの~~

ところで、桜ムラングもシフォンも食べてみたいよ~
お取り寄せできないの~
住所は年賀状のまま 変わってないけどまだ持ってる?(^。^)

あつこさん
あの楽譜はあつこさんのだったのですね
最初 あの人のblogで見て ん~ん 彼らしいアレンジだねぇって思ったものです
あの人 あの頃から料理だけではなくアートにも長けてましたもの ってちょっと褒めすぎ?(笑)


お局様 掲示板化したっていいじゃありませんか
とっても貴重な思い出お持ちで、もっともっと聞いてみたいのは私だけではないはず
ねっ エメロンさん (^。^)

ほんと こうしてネットという道具で繋がっていく関係って不思議
ひさびさ胸が熱くなりました

投稿: ちびた | 2007年6月 7日 (木) 18時13分

それはそうと お局様
37回目の結婚記念日おめでとうございます
すごいなぁ 37回ですか
私たちも見習ってずっと仲良し夫婦でいたいです(^^)

セピア色の思い出たちを
一緒に懐かしめるお相手が
側にいるのは素敵なことですね (^。^)

投稿: ちびた | 2007年6月 7日 (木) 20時40分

>すごいなぁ 37回ですか

あい、(。。;)凄いの一語につきます。

はた目には、当然 仲良しこよしと映るのでしょうが、37年も連れ添っていれば、山あり谷あり、崖っぷちありの年月でした。
今日まで持ちこたえてきたのも、ひとえに健気な妻の忍の一字が賜。(うう~っ)←思い出し泣き。
誰やのん?お互い様とチャチャ入れるのは(爆)
はい、仰るとおりで御座います。

この先、進化できずとも、衰えませぬように、セピアのパッチワークを完成させるべく、琴瑟相和す夫婦でありたいと思います。

お祝いのお言葉ありがとう御座います。

投稿: お局様 | 2007年6月 7日 (木) 22時07分

ちびたさん、
は~い(^。^)お局様の思い出、聞きたいですよ。

紐解いて、お話してください。楽しみにしてます

この場を借りて、お局様、37回目の結婚記念日おめでとうございます   (=^_^=)は来月・・・

ちびたさんのところも来月でしたね

投稿: (=^_^=)エメ | 2007年6月 7日 (木) 22時26分

うふふ、掲示板。またまたコメントしちゃいます。

無鉄砲なあの旅も、あの人達との出会いも、私の人生に必要なものだったと思っています。
「人生に偶然はない」
この言葉が好きなんです。

「珍道中」は昨秋書いたものですが、あまりにも詳細に、克明に覚えていることに自分でもびっくりしました。

>確かに、ヤー、より、ウィ。ぐーテン・モルゲンよりボンジュール。ダンケよりメルシー!女性的であこがれますね(笑)


カッコよかったです〜!(笑)
彼らにしてみれば、ドイツ語を話す私がすごく賢そうに見えたらしいですけど。
でも何語、ということより、もう自然にフランス語が染み付いちゃってる感じ、というのがものすごくかっこよく思えたんですねえ。

お局様も音楽関係者でいらっしゃるのですか?

投稿: あつこ | 2007年6月 8日 (金) 01時59分

>うふふ、掲示板。またまたコメントしちゃいます。

うふふ、私も(^^)ちびたさん、ごめんなさい。
あつこさん、Guten Morgenです。

>カッコよかったです〜!(笑)
彼らにしてみれば、ドイツ語を話す私がすごく賢そうに見えたらしいですけど。

耳ざわりが重いと言えば語弊があるでしょうか?では重厚と致しましょう(笑)
そういったあたり、賢くみえるのかもしれませんね?

>お局様も音楽関係者でいらっしゃるのですか?

正確にもうしあげれば、音楽関係者の付き人で御座います。
わたくし自信は、オタマジャクシの1つもよめません。因みにドイツ語力(1/2ペラ)^^;
渦中の人もたいしたことございません。
今やダンケシェーンの一言も忘れる人となりましたが、何ゆえに「Was essen wir heute?」だけは口走るのでしょう?!
(注:お判りでない方の為に意訳いたしますれば・・・俺たち、今日は何食うんだ?)
まあ、「今日まだ飯くってないぞ!」と口走るより良し、としておきましょうか(^^;)

さて、かくも情けない実態を呈さざるを得なかったわけは、最初に渡ったウィーンでの生活があまりにも恵まれていたから・・・とは言い訳にしかなりませんが。

有り難いことに、悪いことに(どっちやのん?)
ウィーンに着くまでと、生活に慣れるまでの一ヶ月は通訳同伴の生活でした。これは新婚の私たちにはかな~りお邪魔虫ではありましたが、背に腹はかえられません。
労せずしてあてがわれたヴォーヌンクは、当時の留学生には贅沢な3DK.。
更に、有り難いことに、悪いことに(だから、どっちや?!)
家主は、敏腕(かどうか知らないけど)弁護士&奥様は声楽家の日本人。
しかも、二つのヴォーヌンクの所有者であるからして、壁をぶち抜いた通路で行き来出来る便利さ。
といった、超心配性の過保護きわまりない親が付けてくれたお荷物(爆)、と差配のおかげで、著しく自立する機会を逸してしまったのであります。
あ、いや、皆まで申されますな、そのような好条件を活かすも殺すも我々次第。
不甲斐なきウィーン時代は1年半で終止符をうちました。
かくして、半年のブランクを経て、冬のベルリンに渡る事となったわけですが、
あつこさんが立ち寄られた時期から遡ること1?年。1ドルがまだ360¥の時代でした。
遅れること一年。私の兄がやって参りましたが、骨を埋めるつもりなのでしょうか、素敵なフロイラインと結婚し根を下ろしています。
それでも、やってきた当時は、わたくしめが先輩風吹かして、買い物に連れて行ったものですが、今や兄のほうが映画のエキストラにも通行人で出る(思いっきりカメラ目線が何故NGにならなかったか不思議)ほどの語学力です。
当然と言えば当然ですが。その分,日本語がドイツ訛りになりました(笑)機会がありましたら、ぜひお訪ね下さい。
領事館あたりで、ベルリンの主のようなヤパーナーは?と問えば、はいはい、あの熊のような人かしら?と案外たやすくたどり着くかも知れませんよ(爆)

さて、ついスレッドを占領してしまいましたが、ちびたさん、エメロンさんのご要望にも応えしてしまいましたがな(^^;) ・・・・・・続くかもな?(爆)


投稿: お局様 | 2007年6月 8日 (金) 10時52分

この記事に寄せられたコメントの数々は正にblogの醍醐味ですね。 
かつてのむくちゃんがヨーロッパを流離いながら自分自身の生き方を探していたのと前後して、同じ空気を吸っていた方達が集い、それぞれの過去や今を見つめながらお互いに与え合った影響について思いをめぐらせ、共感の輪を広げている…『ポンヌフ(新しい橋)』は人と人を繋ぐ象徴のような存在だったのかもしれません。 

私も若かりし頃、ほんの短期間の滞在でしたがポンヌフを訪れました。 35日間のヨーロッパ貧乏旅行の旅の終わり、明日は帰国という日でした。 何かに直接結びつくような成果が得られたわけではないけれど、今となってはとてもできないような数々の経験をしました。 『ポンヌフ』と聞けば、社会人になる直前の自分の心模様が鮮やかに蘇ってきます。

ちびたさんの『ポンヌフ物語』も『お局様のウィーン通信』本編もかなうなら是非読ませていただきたかった。 ここを読まなければ全くご縁のなかった素敵なみなさんのサイトにも寄らせていただきました、ありがとう。

この場借りちゃいます お局様、遅ればせながら37周年おめでとうございます。

そして桜ムラング、桜シフォン 私も心惹かれます(*^_^*) 

投稿: おぱーる | 2007年6月 8日 (金) 17時51分

>かつてのむくちゃんがヨーロッパを流離いながら・・・?

おーっとと、おぱーるさん、こちらでは確かちびたさんが運営されているはず。
うひょよ、うれすいぞい、突っ込めるなんて(笑)

>それぞれの過去や今を見つめながらお互いに与え合った影響について思いをめぐらせ、共感の輪を広げている…『ポンヌフ(新しい橋)』は人と人を繋ぐ象徴のような存在だったのかもしれません。

本当ですね、ここ二日ばかり、ちびたさんの「あん・ぷてぃ・しあん」のおかげで、とても満たされた気持ちで居ることが出来ました。 

> ここを読まなければ全くご縁のなかった素敵なみなさんのサイトにも寄らせていただきました、ありがとう。

まったくそうですね(^^)同じく感謝感謝です。

>この場借りちゃいます お局様、遅ればせながら37周年おめでとうございます。

悪友は“37回忌”ご立派におつとめなさいますように、なんぞとお祈りしてくれます(爆)
なにやら、恥ずかしいやら、照れくさいやら・・・です。(:*^^*)
でも、おぱーるさんも、エメさんもありがとう。

投稿: お局様 | 2007年6月 8日 (金) 18時42分

ちびたさん、ごめんなさい。
お言葉に甘えて、ここを掲示板化にしてます
お~、おぱーるさんも海外体験済みですか。
みなさん、すごい、勇気あります m(_ _)m

お局様 、つづきを期待しますよ。ちびたさん、いいですよね。

投稿: (=^_^=)エメ | 2007年6月 8日 (金) 20時07分

ちびたです
すごいですねぇ~
ポンヌフをこんな形で締めくくってくれて嬉しいです

…『ポンヌフ(新しい橋)』は人と人を繋ぐ象徴のような存在だったのかもしれません。 

いい言葉だぁ (^。^)

投稿: ちびた | 2007年6月 8日 (金) 20時47分

ちびたさん、
>ポンヌフをこんな形で締めくくってくれて嬉しいです

え、締めくくってしまうんですか。そんなあ、ここからまた新しい輪が始まっても良いのではない。
ポンヌフを通じてのお友達の話は私には新鮮です。
もっとつづけてほしいですよ。

投稿: (=^_^=)エメ | 2007年6月 8日 (金) 23時00分

ちびたです
締めくくったつもりではなかったのですが…。(^.^;)
そうですね(^^)
みなさん またいらしてくださいね~(^。^)

投稿: ちびた | 2007年6月11日 (月) 13時10分

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